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サガプリヤが語るサイキックマッサージ
サイキックマッサージとはふたつの存在の出会いです。
それはふたつの魂がひとつになることです。
クライアントは本質が触れられ、活気づけられるので、身体的のみならず精神的にも深いリラクゼーションを体験できます。
くつろいでいる感じ、まるで長い旅路の果てにかつて住んでいたところに帰りついたようなほっとした感じがします。
それはまさに言葉では言い表しようのない、存在の中心に根を下ろし、つながった感じです。そこではすべてが気楽で、うまくいかないことなどなにもありません。
サイキックマッサージのセッションには三つの重要な側面があります。
- 第一は、足と七つのチャクラのエネルギーチェックです。クライアントの体の中に、すでに瞑想の質にチューニングしている部分を探していきます。これらの部分は、セッションの間、じかに体に触れることで、広がるようにいざなうことで、サポートされるでしょう。
- 第二は、まだ魂と調和していない体の部分のサイキックリーディングです。これらの部分は、過去の衝撃的な出来事の記憶、幼少期に課せられた条件付け、文化的環境から受けとった誤った思い込みを担っています。セッションの中で、プラクティショナーはクライアントの自然な表現を妨げているこういった事々を話すことになるかもしれません。
- 第三は、サイキックマッサージそのものです。ボディワークのスキルを使って、筋肉や筋膜、関節などに閉じ込められているエネルギーに接触する新しい機会をクライアントに与えます。こうすることで、エネルギーシステム全体が活気づけられます。サイキックマッサージでは、特定の体の部分を選んで、そこに焦点をあてます。どこを選ぶかは、チャクラの開閉の度合いによって、「支柱(アンダーピニング)」―つまりエゴの土台のように、ほとんどすべての人の中にある、自分自身を存在から孤立させる、もしくは「切り離す」古い選択―がどこにあるかによって決まります。
サイキックマッサージのセッションの目的はブロックや障害をとりのぞくことではありません。その目的はすでにポジティブな傾向を持つ体の部分にあるくつろぎ、セレブレーション、歓びの量を増やすことです。
その結果、この質が比例してより大きくなります。無意識的に凍りついている体の部分は、この新しい暖かさに影響されます。
そして、そこにある恐怖や緊張は、どんな直接的な対面や介入もうけることなく、ほとんど気づかれずに溶け去るのです。
マ・サガプリヤ インタビュー
(この記事は2002年7月8日の雑誌filiに掲載されたものから抜粋)
Q:今回、日本で行うワークショップについて聞かせていただけますか。
サガプリヤ:「意識的に生きる」(コンシャス・リビング)ということに、私は関心をもっています。長い間、私は瞑想の教師として、またセラピストとして活動してきましたが、そのうちに瞑想が日常の瞬間瞬間、たとえば仕事などの場でどのように応用されるのかということに興味をもちはじめました。
家の掃除や、他人とのやりとりの中で起こる機械的な習慣の数々は私たちの人生で多くの時間を占めています。しかし、その中で私たちは「眺める」(やっていることを観照する)ということを意識していません。ほとんどの人たちは、人生について何かを学ぶ必要はないと思っています。
しかし、日常での瞬間瞬間、私たちは「(ここではない)他のところにいたらいいのに」と思いながら過ごしているわけです。そこで、私は機械的な習慣となってしまったことを新鮮な方法でやることに興味を持っています。
瞑想的に生きるということを学ぶのは難しいことなので、私はそれを3つのステップで教えています。
ステップ1は「愛」がテーマです。これは2週間前に京都で行いました。まず、瞑想の基本的なところから教え、それから人間関係について。そして、「ラクダ・ライオン・子供」というものも教えました。
Q:「ラクダ・ライオン・子供」は和尚の講話にでてくる、人間の行動パターンの三分類ですね。
サガプリヤ:そうです。権威者、あるいは権威的な圧力があった時に、どのように行動するかということです。あなたはラクダのように言われたことをやるか、あるいはライオンのように抵抗することもできます。しかし、それは両方とも「反応」であって、そこには「愛」がありません。
私は、そういったときに内側に目を向けることを教えています。そうすれば新鮮な反応を自然発生的に見い出すことができると思います。時にそれは予想外の反応かもしれませんが。
Q:内側に意識をもたらすことによって、習慣的な反応パターンを脱っし、新鮮でいて愛のある反応が自然に起こるわけですね。
サガプリヤ:2つめのワークショップのテーマは「女性性と男性性」で、ひとりの人間の中にある二極性を見ていきます。この二極性は愛の源です。自分の内側にある女性性、男性性が、互いに支配し合わず、それぞれが自身をもっているときに、電流が流れるように愛がそこに生まれます。
ワークショップの参加者は、その両極の力学を見ていきました。通常、そこには条件付けがあります。どうやら、自分の中の両極のうち、どちらがより素敵だという暗黙の了解があるようです。
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~ OSHO ~ |





