スタッフ紹介

washino04.jpg合同会社テイク・イット・イージー 代表社員
セラピスト開業支援アドバイザー
ボディワーカー
鷲野 悟(わしの さとる)
 
■略歴 
1971年、石川県七尾市で生まれる。
1歳半の時に長野県長野市へ。
小学6年に愛知県名古屋市へ越し、青年期を過ごす。
2000年、29歳で単身上京。
18歳の頃から多くのセラピーワークショップ等に参加する。

1998年、ボディワーク(アルーンコンシャスタッチ)トレーニングを取得。ベーシック、アドバンス、ティーチャーコース取得、スペインのインターナショナルトレーニングに参加。

1999年、インドにて四ヶ月に渡るリバランシングボディワークトレーニングを取得。長期間に渡りディープ・ソフトティシュストローク、クラニオセイクラム、ジョイントリリースなどの技法を学ぶ。その後インドにて施術活動を行なう。帰国後、セラピストとして活動。

2001年、日本ヌアボーランスクールにてインストラクターコースを取得する。タイ古式マッサージのバンコク、チェンマイスタイルのベーシック、アドバンス、タイ古式フットマッサージを習得。日本ヌアボーランスクール専任講師、直営サロンにてセラピストとして従事。

2003年、タイのチェンマイオールドメディスンホスピタルにてタイ古式マッサージライセンス取得。チャンマイロイクロ校にてタイ古式マッサージベーシック、アドバンスを取得。帰国後、銀座のロイクロ日本校にてヌアボーラン、若石式足裏健康法、タイ古式フットマッサージ、基礎解剖学講座の専任講師を従事する。以降、沖縄、軽井沢、東京などのサロンでセラピストとしても活躍。

2007年5月、合同会社テイク・イット・イージーを発足。セラピストのためのレンタルサロン、セラピスト支援業、ワークショップ企画に勤しむ傍ら、自身もボディワークを続けている




■ごあいさつ - 私の感性の旅

ここでは、ごあいさつとして、私の背景に触れたいと思います。

私は高校3年の夏に不登校になり、そのまま中退をしました。決して自慢できる出来事とは思いません。にもかかわらず、思え返せば、これが私にとっての転機であったかと思います。

当時は学歴社会が強く主張されていた時代です。それ故に中途退学することは、とても悩んだ末の決断でした。実のところ辞めた後も、今後の目処がたっていたわけではないですので、ひどく落ち込んでいました。私は道に迷っていたのです。

私は当時の学校や社会の風潮に落胆を隠せませんでした。簡単な言葉で表現してしまうならば、生きる喜びを感じられなかったのです。生きることは、もっと楽しいことなのではないだろうか?そんな想いが常に頭をよぎっていました。

私は工業高校の電子科で情報処理を学んでいました。それは当時の興味対象でもあったので、充実もしていましたが、どういうわけか社会に夢を持てずに過ごしていました。自分の行く末に希望を見出せずに、みなが当たり前に歩む道のりに疑問を抱き、ドロップアウトすることを選択しました。

中退後は、半年程なにをするわけでもなく、ただ漠然と時が過ぎました。

半年ほど経ったある日、ある養生施設に興味を持ちました。こころとからだの養生を目的とした宿泊施設で、食事は玄米菜食、朝の散歩や、ヨガなどのプログラムにも自由参加できます。山々の自然に囲まれた緑豊かなロケーションです。

私は一週間だけここで過ごしてみることにしました。これが私にとって、初めて自らの深い感性に触れる旅になりました。

そこで私が最も興味を惹かれたのは、"瞑想(メディテーション)"でした。当時は今ほど瞑想が社会的に受け入れられていたとは思えません。どちらかというと怪しい印象を持たれていたかと思います。

それでも興味を惹かれたのには、理由があります。それは瞑想する人の姿がとても美しかったからです。

施設内の広いウッドデッキに、木漏れ日がゆらゆらと揺れて、光を落としています。そこで、ただ静かに座っているひとりの女性がいました。目を静かに閉じて、口元はかすかに微笑んでいるように感じとれました。そしてとても満たされて幸せそうです・・・。

とても不思議に感じました。なぜって彼女はただ座っているだけなのです。それで幸せでいられるっていったいどんな類の魔法なのでしょう。

私は彼女を見守っていました。そして、そこに在るエネルギーと同調しました。そして、たくさんの安らぎと至福を感じたのです。

社会では、当然のごとく生産性を求められ、そのことを評価されます。それを考えると、瞑想とはなんと非生産的な行為なのでしょう。

ですが、わたしはこの行為に、神秘的な錬金術を垣間見た気がしたのです。それは人はただ在るだけで、すでに満たされた存在になりうるということです。

当時私は18歳でした。その時に初めて、人生に希望を見出すことができたのです。

これを契機に私の人生は大きく動き出しました。瞑想についての本を読み、そして実践もしてきました。参加したワークショップやセラピーは数多く、呼吸やインナーチャイルド、家族療法、表現アートなど多岐にわたりました。

初めの頃、わたしを夢中にさせたのは、とてもシンプルなことでした。それは"踊ること"でした。それまで、人はこんなにも自由に踊れる存在だとは知りませんでした。生きることに喜びを見出し、烈火の如く毎日のように踊っていました。

それから、私は身体の叡智に興味を持ち、ボディワークを学び始めました。一番長かったコースで約四ヶ月間もありました。ソフト/ディープティシューストロークや、圧迫手技、クラニオセイクラム、ジョイントリリースなどのテクニックを体系的に学びました。全部で10コース以上のトレーニングに参加しました。日本のみならず、スペイン・タイ・インドで開催されたトレーニングに積極的に参加して、インターナショナル・インタージェネレーションな環境下で熱心に学びました。学業を疎かにした私ですが、この時になって学ぶことに生きがいと喜びを見出せたのです。

2001年の始めにタイ古式マッサージを学び、当時日本人ではまだ少なかった、セラピスト養成コースの講師に就任することができました。私はボディワークの仕事をすることに、とても情熱がありました。おかげで渋谷、銀座の学校で100名以上の方にこの伝統的な手技療法をお伝えする機会が得られました。また、ご縁をたどって、沖縄や軽井沢などでセラピストとしてサロン業務にも携わりました。

ボディワークという意識的なツールを通じて、有意義な方法で私たちの感性を分かち合えたのではないかと思っています。

現在は多くの方のお力添えを得て、ここ新宿区早稲田の地で、

セラピスト支援・プロデュース、レンタルサロン、セッション・ワークショップ 企画運営の業務に勤しんでおります。

ぜひ当サイトをご確認頂き、独創的な感性とともに、セッション・ワークショップにご参加いただければ幸いです。

一緒に旅をしましょう!そして、当店を通じてかけがえのない多くの出逢いがありますように!

どうか末永くお付き合い頂けますよう、宜しくお願い申し上げます。


合同会社テイク・イット・イージー
代表 鷲野悟